PROJECT

概念と歴史

概念の具象循環史―「思考の手触り」を復権する試み

近年、デジタル・ツールが目覚ましい形で普及し、思考の脱身体化を強く促しています。また、高度デジタル社会の進展に伴い、日常生活における「ひと・もの・できごと」は、各々の置かれたコンテクストから引き剥がされ、その固有性やを失うこともしばしばです。これらは更に、量化/数値化の過程を経て、認知や評価の対象とされていきます。本サブユニットでは、こうしたデータ志向の社会において、抽象概念が五感的体験と結びつき、日常経験を生成変容させ、尊厳を復権する力に注目します。ひと・もの・できごとが、それぞれ単なる「情報の総体ではない」と考えることは、その本質、人間・非人間とは何かを追求することであり、個々の尊厳を見つめる作業にほかなりません。

今回の試みは、抽象概念を「一人称的な日常世界に投げ込む」チャレンジとも言えます。個々の概念が意味ある存在として、日常の生活空間に現出し、パワーをもって駆動し、「ひと・もの・できごとのネットワーク」を生成変容させていく際には、「具象化」の過程を伴います。インパクトのある概念とは、頭の中で緻密に構成されるだけでなく、具体的な「事物」として日常世界の中に埋め込まれ、五感を通じて「相互応答の網の目」へと参与していきます。例えば、ケアという概念は、友人と握手したときのギュッとする感じ、赤ん坊や老人を抱きかかえた時の肌の温かみ、といった感覚抜きには、真に迫った形で語れません。すなわち概念の「手触り」とは、欠くことのできない、しかし書くことが難しい次元に存しています。デジタル化したネットワークにおいては、この手触りが実感しにくくなり、その存在や価値の暗黙性・自明性が揺らいでいます。

本サブユニットでは、こうした「思考の手触り」の復権を、尊厳への視座とともに目指します。そして、文芸や文化を主軸とした「概念と生活感覚」の新たな接点づくりを行います。理論化とキャンパス空間における実践をセットとした活動を展開する予定です。概念の流通環境や循環形態を追いかける「知の歴史」(intellectual history)と、ことばのデザインや物質的素材に着目する「モノの文化」(material culture)アプローチを交差させることが、本研究の基盤となるでしょう。

MEMBER

慶應義塾大学文学部教授
徳永 聡子
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慶應義塾大学文学部助教
若澤 佑典
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