PROJECT

制度と規範

アテンション・エコノミーと「情報的健康」

現在の情報空間は、個人のアテンション(関心、注意)や時間が交換財として取引される「アテンション・エコノミー」と呼ばれるビジネスモデルに支配されていると言われる。そこではAIが、可能な限り多くのアテンションを私たちから奪うため、大量の個人データからユーザーの属性や認知傾向を予測・分析(プロファイリング)し、そのユーザーを最も強く刺激できる情報・コンテンツをレコメンドするために使われている。こうしたAI・アルゴリズムの利用により、我々は「刺激(レコメンド)=反射(クリック)」からなる動物実験的な広告空間の中で常に何かに急かされ、かつては非商業的な時間だった友人や家族と過ごす時間さえも失いつつあるように思われる。スマートフォンの普及・発展で、2000年以降、人間の注意持続時間が、集中力がないことで知られる金魚のそれを下回ったとの研究結果もあるが、このような認知操作的な技術は、はたして人間の「尊厳」に配慮したものと言えるだろうか。

また近年は、アテンション・エコノミーが、誹謗中傷、偽誤情報の拡散・増幅や、エコーチェンバーなどによる政治的・社会的分断の構造的要因になっているのではないかとの指摘もある。このビジネスモデルでは、「反射」を得られる刺激的なコンテンツが経済的利益を生むが、憎悪や怒りに満ちた誹謗中傷や、ショッキングな偽誤情報は「刺激物」の典型だからである。さらに、アテンション・エコノミーにおいては、アテンションを長く引き付けておくことが経済的利益を生むため、アプリやコンテンツに「嵌まらせる」ための中毒的なUIやUXがもてはやされ、それがユーザーの精神的な健康に否定的な影響を与えるとの指摘もなされている。

本サブユニットでは、アテンション・エコノミーの社会的・政治的・経済的影響(個人の神経システムおよび精神構造への影響については「脳の仕組みと社会病理」サブユニットとのX)を領域横断的に分析し、その問題構造や課題を実証的に明らかにしていく。また、こうした実証的な分析・研究成果を踏まえつつ、アテンション・エコノミーの課題を克服するためのリテラシーのあり方、制度構築、技術設計なども検討する。

KGRIのプロジェクトでは、既に、この厄介なビジネスモデルを突き動かすための新しいコンセプトとして「情報的健康(informational health)」を掲げ、2度にわたり具体的な提言を行ってきた(https://www.kgri.keio.ac.jp/working-paper/2023.html)。このコンセプトは、アテンション・エコノミーの下でのレコメンダーシステム(アルゴリズム)により、私たちは情報の「偏食」が起きているのではないか、「作り手」や「産地」のわからない情報を「暴飲暴食」しているのではないか、こうした偏食や暴食が偽誤情報などに対する「免疫」を弱めているのではないかとの問題意識の下、「食育」とのアナロジーにより感覚的にリテラシーを高め、アテンション・エコノミーに対する市場の抑止力を高めていこうというもので、既に一定の広がりを見せている(参考URL:https://www.yomiuri.co.jp/topics/information-health/)。

本サブユニットでは、これまで実績を踏まえ、「情報的健康」のコンセプトをさらに発展させ、グローバルな連携の構築や、「情報的健康」を踏まえたレコメンダーシステムないしプラットフォームモデルの開発や展開といった社会実装を実現していきたい。